星空のミシェル
Puzzle Ⅰ 惑星崩壊

Part Ⅰ


僕は宇宙船の操縦席にいた。目の前のスクリーンには、果てしない宇宙の闇が映し出されている。銀河中央から2万光年。ここまで来ると視認できる星の数は減り、サブスクリーンには様々なデータが表示されている。すべてのデータに異常はない。
「よし。順調だ」
船内は独特の閉鎖感と静寂に満ちていた。船に乗っているのは僕とチャラ、それにカプセルで眠る僕のプリンセス一人。船の前後には護衛船『ボーグ』と『ジーク』が随行している。僕は12年という長い大学生活を終え、帰途に着く途中だった。惑星ルチーナクロスを出発してから既に2週間が過ぎている。その間、僕達の船、マーブルナイトスター号は順調に航行を続けていた。

船はあと1度の長距離ワープとたった2回のショートドライブで目的地に到着する。しかし、僕はワープに突入する前にデータを書き換えた。
「ワープアウト地点を南南西0.125E4317に変更する」
「ミシェル、まっすぐメルビアーナへ帰らなくていいのかい?」
チャラが訊いた。
「いいんだ。そこで人に会うんだよ。それに去年の夏に設置した風力発電所の様子も見ておきたいし、そこで必要な電子部品も調達しなければいけないからね」
「でも、今、メルビアーナは大変なことになっているよ」
チャラが懸念する。
「そうだね」
僕は頷いた。

それは、僕達が大学を出発した直後に起きた。僕を狙った過激派の連中が、ルチーナクロスのシャトルバスを衛星軌道上で爆破したのだ。幸い、別行動を取っていた僕自身は無事だった。しかし、代わりに何も関係のない学生が大勢巻き込まれてしまった。事件のあと、関係者に当て、すぐに哀悼の意を示す弔文を送った。が、失われた命は戻って来ない。
搭乗員名簿に載っていた僕の名前。しかし、公式に発表される情報が常に正しいとは限らない。時には犯罪や危険から身を守るため、偽の情報を流すこともある。しかし、今回は犠牲者が出てしまった。乗組員も含め、146人の尊い命が奪われてしまったのだ。僕一人を暗殺するために……。ニュースはそれをセンセーショナルに報道した。

惑星メルビアーナの皇太子マリン ダグラス王子が何者かの手によって暗殺される!

暗殺……。暗い響きを持った言葉だ。けれど、その陰惨さと僕とは、いつも隣同士で過ごしてきた。

――殺されそうになったのは一度や二度じゃない

ルディオの言葉を思い出した。

――僕もだよ

心の中で共鳴した。まるで違うように見えて、何処かが妙に類似している。僕達はずっと近い存在なのかもしれない。

――おれと来ないか?

僕のせいで人が大勢死んだというのに、僕は心の何処かで自分を優先していた。決して選ぶことのできない選択肢を思い浮かべて、このまま自分が消え去ってくれたらいいと……。そうしたら、僕は自由になれる。今日、メルビアーナの皇太子としての僕は死に、何者でもない僕が僕だけのための命を生きる。それはどれほど素敵なことだろう。僕は心の奥で、あってはならない罪を犯そうとしていた。しかし、その夢は僅か2分40秒で潰えた……。アナウンサーは僕が無事であると告げる。僕がシャトルには乗っておらず、個人所有の宇宙船で別行動をとっていたと……。でも、僕が何処へ行こうとしているのかは誰も知らない。

僕はメルビアーナから南に2,700光年離れた孤独な惑星キリエシャフールに向かっていた。

キリエシャフールは、あと少しで寿命が尽きようとしている赤い砂漠の星だった。が、それは星の時間で換算した時のこと。人間からしたら、あと数十回は世代交代できるほど先の話だ。そこには620万人の人が暮らしていた。主な産業は鉱物の採掘と加工。荒地を耕して畑も作っていたが、水の乏しいこの星ではその活用と電気が圧倒的に不足していた。僕は立地を活かした風力発電所を設置するための技術を提供した。それから、水を浄化して繰り返し使用できるような設備の設計図も書いた。僕はずっとこの星に留まることはできないけれど、若い人達やエンジニアとしての技術を持った人達が協力し、去年、ようやくそれらの設備が完成した。

僕はそれらが順調に動いているかどうかを確認するつもりだ。このままメルビアーナに帰って正式な王位に着いたら、そう簡単にはこの星へも来られなくなる。だから、その前に確かめておきたかったのだ。


滑走路は少し小ぶりにできていた。マーブルナイトスター号には垂直型と水平型どちらにも対応できるような機能が着いていた。が、僕はなるべく船への負担を掛けないために水平型での離着陸を心がけている。着陸は管制塔からの誘導波に従って指定されたスポットに降りる。それだけのことだ。今回はたまたま僅かにオーバーランしたもののちゃんとフェンスの手前で止まることができた。
「ミシェル、ポイントの切り替えが0.2秒遅いよ。あと少しで防護壁に激突するところだった」
チャラが言った。
「仕方ないだろ? まだ慣れていないんだもの。それに、ここ普通の港より長さが2.5メートルも少ないんだ」
「オーバーランした距離は4.3メートル。言い訳できません」
「わかった。次からは気をつけるよ。僕、急いでやらなきゃいけないことがあるから行くよ」
僕はそう言ってコクピットを出た。

それは事実だ。僕が滞在できるのは48時間。その間にいろいろやらなきゃ……。なのに、滞在許可を取るのとボディーチェックに47分も費やした。こういった部分をもっと効率化できないものかと待たされている間に考えた。でも、ここはのんびりとした田舎の星だ。普通ならロボット任せの細かなチェックもここでは人間の手で確認し、コミュニケーションしながら進む。どちらのシステムが良いかはまた一長一短ありそうだった。とにかく、それで僕は空港から外へ出た。そこからモーターガートを借りて直接、風力発電所へ向かう。

モーターガートは三輪駆動で小回りが利く。入り組んだ細い道路やでこぼこした斜面なども登れる。整備の行き届いていない田舎の星では重宝されている乗り物だ。スピードを上げて風を切って進むのは気持ちがいい。でも、メーターは100キロオーバー。エルバが見たら仰天するだろうな。僕はふっと生真面目な彼の物言いを思い出して苦笑した。が、そのエルバはもういない。風化していく思い出の中で人は何を見るのだろう。そして、僕は何処へ辿りつくのか……。薄い雲が棚引いて空は少し霞んでいた。


それから1時間ほどで発電所に到着した。大きな風車が三つ。谷間に吹く強い風を受け、絶え間なく回り続ける。所長のホースビッチさんから最近のデータを見せてもらった。システムは順調で発電量にも問題がない。念のため、僕も直接設備の内部を見せてもらったが、これなら申し分のない状況だと思う。
「これもみんなミシェル、あなたのおかげです。本当にありがとう。感謝しているのですよ、みんな」
「感謝だなんて、僕はただ施設の設計のお手伝いをしただけです。風車を組み立てたのもシステムを滞りなく運用されているのも皆、あなた方の努力による成果です」
本当にそうだ。こういったシステムは設計しただけでは意味がない。それを正しく施工し、安定した運転を続けることが大事なのだ。常にチェックを怠らず、メンテナンスを欠かさずに行うこと。コストを節約しようなどと思わないこと。安全と引き換えにするようなコストダウンは有り得ないのだから……。


僕はその日のうちにほとんどの施設を巡り、翌日は朝から電子部品や船に必要な消耗品などを買い付けた。キリエシャフールはメルビアーナと同じように中央からはかなり離れた星だった。独立した経済と自給自足、連邦とはほとんど取り引きがないという点でメルビアーナと酷似していた。乾いた土地でもよく育つ野菜や穀類を生産し、人々はよく働いた。また、金属加工に於いても高い技術を持っていた。僕は精密な機械の部品や医療用の繊細な針などはここで調達している。
「ミシェル、ちょっと寄ってかないか? おまえさんが欲しがってたとびっきりの品が入ったぜ」
通りの向こうから馴染みの店の主人が声を掛けてきた。それは骨董品屋のアルベールだった。店では、僕が集めている年代物の玩具を扱っていた。
「OK! 帰りに寄らせてもらうよ」
僕は先に街で必需品を揃えた。

そうして、用事を済ませてアルベールの店に行くと奥から彼の孫娘が顔を覗かせた。
「ミシェル」
「リンチュン。元気だったかい?」
彼女は7才。明るくておしゃまな女の子だ。
「ねえ、今日、港へ行く?」
リンチュンが訊いた。
「ああ、荷物を置きに行くよ」
「いっしょに行ってもいい?」
「いいよ。また、ニックおばさんのところに行くのかい?」
僕は訊いた。彼女の叔母が宇宙港の近くに住んでいるのを知っていたからだ。
「うん。でも、今日は船を見たいの。ねえ、ミシェルの船も見せてくれる?」
「ああ、いいよ。でも、港には今、僕の船しか停泊していないけどね」

キリエシャフールには宇宙港が二つあった。が、僕が入港しているのはノースピットタウン。メインの港ではなかった。日に1隻か2隻入港すればいい方だ。メインの港よりこちらの方が目的地に近かったので、僕はこちらに降りたのだ。

「おい、リンチュン、あまりミシェルを困らせるんじゃないよ」
アルベールが両手にいっぱい物を抱えてきて言った。
「困らせてなんかいないもん」
彼女がふくっと頬を膨らませて抗議した。
「そうですよ。どうせ、僕もそこへ帰るんだし、ついでに乗せて行くだけですから……」
僕は言った。
「そうかい? なら、いいんだけど……」

アルベールが持ってきた物を並べて言った。この星の人達はみんな親しみをもって僕に接してくれる。本当に気さくでよい人達だ。
「実はこれなんだけどね。珍しく地球物が入ったんだ。どうだい? 人類がまだ火星にさえ到達していない頃の品だぜ」
彼は自慢そうに言った。塗装の剥げたそのロボットは確かに昔のヒーローを彷彿させた。が、裏面を見るとオリジナルの刻印がない。それはレプリカだった。同じロボット物の商品は繰り返し再販されていたが、オリジナル発表当時から100年も経つと、当時のデザインを起用しつつ間接部などに改良が加えられた模造品が作られるようになった。これはそのRA398というタイプになる。そう説明するとアルベールはがっかりしたようだったが、彼が持ってきた物の中に本物が一つ混じっていた。それはすっかり錆付いて胴体に頭と右腕だけが辛うじて付いていた西暦時代の産物だ。

「すごいじゃないですか。よくこんなのが残っていたな」
僕が感心してそれを眺めているとアルベールは首を竦めて言った。
「こんなのはただのくず鉄だと思ってた。わからないものだなあ。こっちがまさかの本物だったとはね」
「ふふ。そんなものかもしれませんよ。おかげでいい買い物ができましたよ。ありがとう」
それから僕はもう少し新しいタイプのロボットも見せてもらった。こちらは、まだ十分おもちゃとしても使えそうだ。僕はそれらも幾つか購入した。比較するために様々な年代の物を集めているのだ。
「ごめんね、リンチュン。大分待たせちゃったね」
僕が言うと彼女は笑って言った。
「いいよ。でも、ミシェルってほんとにおもちゃが好きなのね。大人になったらおもちゃ屋さんになるの?」
「そうだね。なれたらいいんだけど……」
僕は曖昧に笑って言った。

悪気はなかったが、この星の人達には僕の素性を知らせていなかった。皆、単に僕が機械いじりが得意なただの学生だと思っている。でも、その方がいいのだ。対等に話せるし、互いの条件も突きつけやすい。利権もなく、狡猾な取引もない。そういう自由こそが本当によいシステムを作り上げるために有効なのだと思う。

「ところで、さっきニュースで見たんだが、中央大学の学生さんが乗ったシャトルが爆破されたって……。何でもそいつにメルビアーナの皇太子様が乗っていたとかで……。可哀そうに……。でも、ミシェルが無事でよかったよ。中央大学のって聞いた時には心臓が止まりそうになったよ。そいつにおまえさんが乗ってたんじゃないかってね。その皇太子様には悪いが、おれにとっちゃ、おまえさんが無事でいてくれた方がうれしいんでね」
「アルベール……」
そう。ここでは、僕は皇太子なんかじゃない。ただのミシェルだ。その方がいい。ここは、僕の第二の故郷のような星だから……。


そうして、僕はアルベールの店で買い物を済ますと、モーターガートにリンチュンを乗せて宇宙港へ向かった。日が暮れかけて空をオレンジに染めていた。そのあたたかい光が畑の緑に反射して煌く。
「明日もきっといいお天気になるわね」
リンチュンが言った。
「ニックおばさんが言ってたもの。夕焼けがきれいな時は明日いいお天気になるんだって……」
後ろの荷台に座った彼女がゆらゆらと足を揺すりながら言った。
「そうだね」
僕は、そんなのどかな空を見つめて笑った。宇宙港の向こうに見える山並みも夕日が映えて美しい。

「リンチュン、帰りはどうするの?」
「大丈夫。暗くなったらお爺ちゃんが迎えに来てくれるから……」
「そう」
僕は心地よい風に吹かれながらモーターガートを走らせた。宇宙港はすぐそこだ。そして、最後のカーブを曲がった時。不意に子供が飛び出してきた。
「危ない!」
僕は慌てて急ブレーキを踏んだ。子供を避け、15メートルほど行ったところで止まる。
「リンチュン、大丈夫?」
「うん」
彼女が無事なのを確認すると、僕は急いで道路へ駆けて行った。

その子は5才くらいの男の子で顔やシャツが泥で汚れていた。僕が声を掛けるよりも早くその子が叫んだ。
「来て! 妹が……!」
子供は僕の手を掴むとぐいぐい引っ張ってカーブの向こうへと連れていく。そこは道路から少し低くなっている畑だった。
「早く! ベティーが死んじゃう!」
男の子は泣きじゃくった。
「何処? 一体何があったの?」
僕はそう訊いてみた。が、返事ができない。僕は誘導されるまま彼に付いていった。すぐ道路の脇に水を引くための溝があった。今、水は枯れていたが、深さは50センチほどある。周囲には草が茂り、足元が滑りやすくなっていた。

「あそこ」
男の子が指を指した。枯れた草が溝を覆っていた。手前にベビー用のおもちゃが転がっている。そして、その向こうに赤ん坊がうつ伏せに倒れていた。僕は急いで抱き起こすと身体の状態をチェックした。ぐったりとして反応が薄い。軽い脱水症状を起こしているようだ。
「いつからこうなったの?」
男の子に訊いた。
「わかんない」
男の子はべそをかいて言った。
「どうしてこうなったの?」
僕は質問を変えた。
「遊んでて、ちょっとしたら、ベティーが転んであそこから落ちたの」
男の子が道路を指した。

「そう。この子はベティーというの? 君の名前は?」
「ロン」
「そう、ロン。いい名前だね。ベティーは泣いてた?」
「うん。わんわん泣いた。それで、ぼく、助けようとしたんだ。でも、重くて、それにベティーが暴れるから……それで人を呼びに行ったんだけど、誰もいなくて……それで……。ねえ、ベティーは死んじゃうの?」
ロンは涙をぽろぽろ零して訊いた。
「いや、大丈夫だよ。おいで、すぐそこが宇宙港だ。そこにクリニックがあるから……」
僕は赤ん坊を抱くとロンと一緒に道路へ出た。リンチュンが心配そうにこちらを見ていた。
「わたしが抱っこしてあげる」
リンチュンがベティーを引き受けてくれたので隣にロンを座らせて、僕は港へ急いだ。


ところが、着いてみるとクリニックは閉まっていた。宇宙港は閑散としていて人がいない。
「一体どうなっているんだ」
僕は腑に落ちなかった。救急車を呼んでもよかったのだが、僕の宇宙船には治療に必要な物が揃っている。取り合えず応急処置だけは施しておきたかったので、僕は迷わず宇宙船に向かった。ロンも怪我をしていたし、消毒だけでもしておいてやろう。ベティーには輸液を与えて、頭や身体に異常がないか確かめて……。親を探すのはそのあとだ。
「チャラ、怪我人がいるんだ。ハッチを開けてくれ」
僕が指示するとすぐにそれが開いた。僕は赤ん坊を抱いて医療室に向かった。ロンとリンチュンも付いてくる。僕はすぐに足りない水分と栄養をベティーに与えた。

呼吸は落ち着いている。そして、他には身体の異常も見つからなかった。僕はほっとして今度はロンの治療に取りかかる。右足首に軽い裂傷。それに手の数箇所に擦り傷ができていたので薬を塗ってやった。

「さてと、それじゃあ、君達のお母さんに連絡しないとね。きっと心配していると思うから……」
が、その時、いきなり突き上げるような振動が来て子供達が怯えた。僕は咄嗟にベティーがベッドから落ちないように押さえた。大きな振動は一度だけだったが、遠くでまだ不穏な音が響いている。地震? 落雷? それとも爆発? まさか、誰かがこの宇宙港を狙ったのか?
「ここにいて。僕が戻ってくるまで絶対に動いては駄目だよ」
僕は赤ん坊のベッドを固定すると、子供二人に言って聞かせた。彼らは怯えながらも承知してくれた。
「すぐに戻ってくるからね」

僕は全速で走ってコクピットに出た。
「チャラ、一体何があったんだ?」
「ラグリエ火山が噴火した」
「火山? ラグリエは休火山だったんじゃないのか?」
僕は聞き返した。が、スクリーンの中で、噴煙を上げているのは、確かに港の東にある標高840メートルの山だった。
「ミシェル、もう一つ悪いニュースがある」
チャラが言った。
「何?」
「ボーグが撃墜された」
チャラのランプが点滅を繰り返す。
「何だって?」
ボーグは護衛船の一機だ。

「撃ってきたのは?」
僕は訊いた。が、僕には答えがわかっていた。そして、僕が推測した通りの答えをチャラは返した。
「ジークです」
「何故そんなことを……!」
凍てついた星のように心が震える。

――あなたは皇太子として失格です

エルバの言葉が頭を過ぎった。
「だからって、何故……仲間を攻撃する……!」
そんなに僕が憎いなら、何故、航行している時、僕の船、マーブルナイトスター号を直接攻撃して来なかったのか? 僕には納得がいかなかった。何故、今、このタイミングで……。
「通信回線を開け」
しかし、入ってくるのはノイズだけ……。『ジーク』の回線は切断されていた。もしかすると、裏切ったのは一部で、他の多くの人間はそれを望んでいないのかもしれない。が、今の僕には知りようもない。これ以上被害が広がらないようにしなければ……。

「ミシェル、マグマが上昇してる。このままでは山体が崩壊するよ。早く離脱しないとここは危険だ」
チャラの警告。
「でも、宇宙港の人達は……?」
「建造物の中に生命反応はないよ」
「生命反応がない?」
確かにさっきもそれは妙だと思った。でも……。
「僕が来る前に何かあったのか?」
「解析しますか?」
「いや。いい。今は時間が……」
警報が流れたのか? それとも危険を察知して避難したのか?

「ミシェル、緊急発進準備に掛かります」
チャラが告げた。
「そうだね。ひとまず安全な場所に移動してからあの子達のことは考えよう」
僕はスクリーンの中の山の状態を観察した。それからモニターを切り替えて周辺の様子もくまなくチェックする。が、探している物の影はない。レーダーにも映らない。裏切り者の『ジーク』は何処へ行ったのか。上から見たら、動けないこの船を狙い打つにはもってこいの筈だ。なのに何故攻撃してこないのか? それが不気味だった。船の中にいても地の底から揺さぶられるような不快な音と振動が伝わってくる。

僕は発進に備えて子供達をコクピットに呼んだ。そして、ロンとリンチュンをシートに固定し、ベティーのベッドを動かないようにベルトで止めた。
「よし。準備OKだ」
これでいつでも発進できる。チャラに合図し、僕はメインスクリーンを見た。
「あれは……!」
あろうことか宇宙港のすぐ脇の林に複数の人間がいた。拡大するとそれは子供だった。人数は4人。
「ミシェル」
チャラが発進の許可をもとめてくる。
「待って!」
僕はそれを制した。
「あの子達を助ける。ハッチを開いて」
「ミシェル、無理です。もう時間が……」
「無理でも何でも行く! 僕のせいでこれ以上犠牲者を出すのはいやだ」
有無を言わさず、僕はコクピットを飛び出した。


林まではおよそ300メートル。僕は全速で走った。前方には高い防護壁があったが、遠回りしている余裕はない。僕はレーザーガンを取り出すとパワーをマックスにして壁を焼き崩した。そこを飛び越えて子供達に呼びかける。
「おーい! そこは危険だ! 早くこっちに来るんだ!」
はじめのうち、彼らは何を言っているのかという表情でこちらを見ていたが、そのうちの一人が山の異変に気がついて叫んだ。
「噴火だ!」
その声に他の子達も騒ぎ出す。
「大変だ!」
「山が燃えてる!」
「助けて!」
中学生くらいの男の子が3人と女の子が一人。彼らは慌ててこちらに向かって駆けてきた。

「宇宙港へ! 早くあの船に乗るんだ」
僕が指示すると、彼らは全員迷わずそちらに向けて駆けていく。僕は彼らと一緒に走りつつ山の様子を見た。噴火……。いや、それよりも恐ろしい何かが近づいている気がした。何だろう? この異様な雰囲気は……。地の底深く何かが動き始めている。星の鳴動……。でも、確認している時間はない。開いていたハッチに全員が飛び込むと、すぐに閉じてロックを掛けた。そして、4人を手近な船室に通した。
「すぐに発進する。そこから動かないで。各自、シートベルトを締めて安全確保しておくんだ。いいね?」
僕は急いで指示するとそのままコクピットへ向かった。

「チャラ! すぐに発進して! 一旦大気圏まで上昇し、それから周回軌道へ……」
そう言う僕の指示を中断してチャラが言った。
「駄目だよ、ミシェル。このまま一気に成層圏を離脱する。この星は危険だ」
「何だって?」
「共鳴磁場が崩壊してる。この星は間もなく崩壊するよ」
「な……!」
惑星が崩壊? 僕は一瞬耳を疑った。けれどチャラは冷静にデータを突きつけてくる。

しかし、今はそれを吟味している時間はない。取り合えず船を発進させ、当面の危機を脱出させることが先決だ。僕達は一気に成層圏を離脱した。

「どういうことなんだ?」
僕は改めてチャラが提示したデータに目を通す。
「ミシェル、このままでは惑星崩壊時のエネルギーに巻き込まれてしまうよ。早くこの宙域を離れて安全な所までワープしなきゃ……」
「でも……それじゃ、この星の人々は……。それに、子供達だって……」
しかし、もう戻って他の人々を助ける時間はない。今すぐこの宙域から離脱し、ワープ可能域まで移動するのさえぎりぎりの時間だった。
「一体どうしたら……」
僕は迷っていた。
「見て! ミシェル。星がいっぱい! 何てきれい!」
リンチュンが言った。
その笑顔を見た時、僕の心は決まった。

「チャラ、全速でワープ可能地点へ向かえ」
「了解」
船が動き始める。もうあとには戻れない。それでも僕は決断した。今、助けられる命のために全力を尽くす。めくるめく信号。高速で流れていく時間……。しかし、そんな僕達の前に立ちはだかる船があった。
「ジーク!」
メインスクリーンに現れたそれは紛れもないメルビアーナの護衛船、『ジークスター』号だった。しかし、それはもはや味方ではなかった。

「どういうつもりだ? 返答しろ!」
僕は通信機に向かって叫んだ。
「私達はただ、与えられた任務を遂行しているのみです」
艦長は僕が知る男ではなかった。やはり、内部でも何らかのもめ事があったようだ。
「貴様は誰だ? 艦長のカルテロスはどうした?」
「名誉の戦死を遂げました」
「おまえは誰だ? 何故こんなことをする?」
「私はディザード。連邦の平和を守るために働いております」
男はしゃあしゃあと言った。

「一体この星に何をした?」
背後に見える者達の顔ぶれも変わっている。僕にとっての味方は誰もいなくなった。
「不要な物には消滅を……。我々は銀河連邦にとって邪魔なものを始末するだけです」
「メルビアーナはいつから連邦所属になったんだ?」
「いつからでもです。まずはあなたに消えてもらえれば……」
「わかった。だが、この船には民間人が乗っている。皆子供ばかりだ。この子達だけは助けて欲しい」
「いいえ。それはできません」
「何故だ?」
「その星には消えてもらわねばならないからです」
「赤ん坊もいるんだ」
「そんなことは我々の知るところではありません」
「貴様!」
「さらばです」
通信が切れた。

相手はすぐに発砲してきた。僕は船を操り、最初の攻撃をかわした。それから、更に撃ってくる主砲をさけて船を回す。しかし、そんなことをしていては間に合わない。衝撃が伝わった。
「右舷に被弾! B4地区に火災発生! 隔壁閉鎖!」
エネルギー弾が飛び交うメインスクリーン。船体が揺れ、振動が船をきしませる。子供二人が泣き出した。
「怖い……! ミシェル」
「大丈夫だ。僕を信じて……」
僕は攻撃用のトリガーを起こした。仕留めなければこちらがやられる。助けられる命だけでも僕は助ける。重なる十字の光点を見据え、僕はトリガーを引いた。

メインスクリーンを覆う光が獲物を捕らえた。命中……。閃光が渦巻き、狂気の光が乱舞する。そして、魔性の闇がゆっくりとそれを呑み込んでいく……。すべての物質、すべての固体、そして心のすべてを食い尽くした闇が広がる。君と僕とを繋ぐ闇……。はじめから何もなかったように、また元の闇がそこに広がっていくのだ。

すべては同じ。すべては異質。そして、僕もまた宇宙にとっては異質なものなのかもしれない。君に会いたい。永遠に変わらないこの闇の中で……。永遠に終わらないこの運命の向こうで……。僕は瞬時に夢想する。永遠という名の一瞬の闇と光を……。

「180度回頭! 全速前進!」
星はじわじわと崩壊し始めていた。磁場が壊れ、船が引きずられる。
「急げ!」
そして、惑星からの引力の影響を受けない位置までくると、すぐにワープした。船にも人にも相当の負荷が掛かった。でも、今はそれが最善の方法なのだ。僕はそのドライブにすべてを賭けた。そして……。

……成功した。

が、どうやら数分の間、僕は意識を消失していたらしい。頭がぼうっとする。目前で点滅しているランプの色がちらつく。そこに映し出された星は膨張し、表面にプラズマが走っていた。赤ん坊が泣いている。僕ははっとして固定していたベッドからベティーを抱き上げた。その時、スクリーンの中の惑星が徐々に形を崩し、やがてそのすべてが光に包まれていった……。
「星が……」
背後で微かな声がした。振り向くとシートベルトに身を預けたままリンチュンがじっとスクリーンを見つめている。その頬に乾いた涙が鏡のように反射した。